クリスマスツリーのイルミネーションのみの薄暗い居間に人の気配を感じてあとりはそっと頭を持ち上げた。
視界には、白いひげを生やした恰幅のいい老人が立っていた。手には大きな白い袋。
あとりは、その怪しげな老人から葉琉(よる)を守るようにそっと抱き寄せる。
そんなあとりの動きに気付いたのか老人はくるっと振り返った。
「おや、起こしてしまったか」
すまないねえ、と心の底から謝る老人にあとりは警戒を少し解いた。
『あなたは?』
通じるはずがないとわかっていてもあとりは一応礼儀と尋ねた。
「わしかい? わしは、サンタクロースだよ」
今年君の家族になったいとし子達の顔を見に寄ったんだよ、とその老人は声を潜め顔だけは豪快に笑った。
『サンタクロース、ですか』
犬である自分の言葉が通じる老人をあとりは少し胡散臭げに見た。
「君は、あとり君だろう? 君はもう大人だからプレゼントはないけど、今日は起こしてしまったお詫びにいいものを見せてあげようかね」
ふぉふぉと笑って、老人は二人のやり取りで身じろいだ葉琉の頭を撫でて消えていった。
子供はクリスマスにプレゼントがもらえると知って、雪が見たいと騒いでいた葉琉はそれでも起きるそぶりも見せず寝入っている。
今夜は例年に比べ暖かく星空も見えていたため、葉琉には残念だが雪は降らないだろうとあとりは思っていた。
遠くなっていく鈴の音を聞いた後に夢に見るのは、遠い昔の日一緒に暮らしたおばあさんとの楽しい時間、
そこには葉琉も紫苑(しおん)達もいてあとりはとても幸せな気分だった。
とてもいい夢を見ていたあとりは、ばしばしと顔を叩く葉琉の容赦ない手によって起こされた。
窓の外は白一色で、葉琉は初めての雪に興奮して窓際で一人騒いでいる。そんな葉琉をしり目にあとりはキッチンに向かった。
葉琉に起こされても幸せな気持ちはなくならずにあとりの心を温かくしている。
起き出してきた紫苑も潤子もいつものように朝の支度をしているのに、あとりは昨夜の出来事がすべて夢でのことだと思えた。
「あれ、誰かこのクッキー食べた? それにミルクも」
ずいぶんと子供っぽい夢を見たもんだと苦笑するあとりの横で、紫苑が片付けようと見たクッキーは誰かが急いで食べたように散らかっていてミルクは半分ほど減っていた。
「あとり、が食べるわけないしねえ。かといって葉琉も……」
疑問符を浮かべる紫苑の言葉にぎくっとしてあとりは紫苑を見た。
クリスマスの不思議な出来事は、あとりとクリスマスツリーの近くに置かれた食べかけのクッキーと飲みかけのミルクだけが知っている。